MEICIS及び済生会横浜市東部病院の研究グループは、子どもの表情に対する認知バイアスが妊娠中の抑うつや子どもへの愛着形成不全に関連していることを明らかにし、2022年8月27日に国際学術誌「Journal of Personalized Medicine」に論文発表しました。
本研究は、厚生労働科学研究費補助金「地域特性に対応した精神保健医療サービスにおける早期相談・介入の方法と実施システム開発についての研究」(研究代表者 根本隆洋)及び公益財団法人井之頭病院助成研究事業(助成対象者 田久保陽司)を受けて実施しました。
◆ 発表者名
田久保 陽司 (東邦大学医学部精神神経医学講座/済生会横浜市東部病院精神科 医員)
辻野 尚久 (済生会横浜市東部病院精神科 部長)
相川 祐里 (済生会横浜市東部病院精神科 公認心理師)
吹谷 和代 (済生会横浜市東部病院精神科 公認心理師)
内野 敬 (東邦大学医学部精神神経医学講座/厚生協会東京足立病院 医員)
片桐 直之 (東邦大学医学部精神神経医学講座 准教授)
伊藤 めぐむ (済生会横浜市東部病院産婦人科 産科部長)
秋葉 靖雄 (済生会横浜市東部病院産婦人科 レディースセンター長)
水野 雅文 (東京都立松沢病院 院長)
根本 隆洋 (東邦大学医学部精神神経医学講座 教授)
◆ 発表の背景
周産期のうつ病の発症率は、妊娠中期で14.0%、妊娠後期で16.3%、産後1か月で15.1%であり、一般人口と比べて高率であると言われています。また、子どもへの愛着形成不全であるボンディング不全は、子どもの健全な成長を阻害する要因になりえます。幼少期の子どものCommunication Cueの部分は非言語的であり、表情を認識する能力(表情認知機能)は母児関係の構築において重要な役割を果たすと考えられています。そのため、表情認知機能は、産後うつ病の発症やボンディング不全の予測因子になる可能性が示唆されてきました。これまでの多くの研究は表情認知の対象を子どもか大人かいずれかの表情を対象としており、両者の違いを考慮した研究はほとんどなく、本研究においては子どもと大人の両者の表情を対象とした表情認知機能を測定しました。「社会認知機能の中でも、子どもの表情に対する認知バイアスは妊娠中の抑うつ傾向やボンディング不全と関連する」と仮説をたて、本研究では妊娠中期の女性を対象として、出産経験も考慮し、表情認知機能と妊娠中のメンタルヘルスの関連を明らかにすることを目的としました。
◆ 結果
- 子どもの表情に対する認知バイアスはBaby Cue Cardsを用いて測定し、 「非親和※」の反応数が多いほど、子どもの非親和表情への敏感さがより高いと推定しました。
※子どもの表情は、親和(機嫌が良く、親との相互作用を求めている)と非親和(機嫌が悪く、親との相互作用を一時的に中断したいと願っている)の二つに大別されます。
- エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)を従属変数とした重回帰分析の結果、子どもの非親和表情への敏感さ(β: .365, p =0.001)と初産婦であること(β: -.263, p =0.016)は、妊娠中の抑うつ傾向と有意な関連が認められました。
- ボンディング質問票(MIBQ)を従属変数とした重回帰分析の結果、子どもの非親和表情への敏感さ(β: .234, p =0.048)は、ボンディング不全と有意な関連が認められました。
◆ 発表のポイント
- 本研究の結果から、大人の表情を対象とした表情認知機能およびその他の全般的社会認知機能は、抑うつ傾向やボンディング不全と関連しておらず、社会認知機能の中でも特に子どもの表情に対する認知バイアスが、抑うつ傾向やボンディング不全に関連していることが示唆されました。
- 子どもの表情に対する認知バイアスを測定することによってハイリスク例を同定し、児のCueに対しての教育的介入を行うことで、抑うつや虐待の予防に寄与する可能性が考えられました。
- 今後は、子どもの表情に対する認知バイアスなどの生物学的指標を用いて、周産期のメンタルヘルス不調のスクリーニング精度をより向上させ、地域包括的ケアシステムを構築していくことが必要であると考えられます。
◆発表雑誌
雑誌名:「Journal of Personalized Medicine」(2022年8月27日)
論文タイトル:Relationship between antenatal mental health and facial emotion recognition bias for children’s faces among pregnant women
著 者:Youji Takubo, Naohisa Tsujino*, Yuri Aikawa, Kazuyo Fukiya, Takashi Uchino, Naoyuki Katagiri, Megumu Ito, Yasuo Akiba, Masafumi Mizuno, Takahiro Nemoto(*責任著者)
DOI番号:10.3390/jpm12091391
雑誌URL:https://www.mdpi.com/2075-4426/12/9/1391/htm