東邦大学初の社会連携講座「医学部 社会実装精神医学講座」開設のご挨拶
東邦大学医学部 精神神経医学講座・社会実装精神医学講座
教授 根本隆洋
地球温暖化、生物多様性の消失、パンデミックをはじめ、人類は自然科学に関わる多くの危機に直面しています。「自然・生命・人間」を建学の精神とする東邦大学も、それらの解決につながりうる研究に日夜励んでいます。一方で、研究成果が臨床現場で実践されずに解離が生じている「エビデンス・プラクティスギャップ」が、医学領域における重要な課題であると認識されつつあります。近年、保健医療従事者が患者や地域などの様々なステークホルダーと協働し,エビデンスに基づく介入(evidence-based intervention: EBI)を臨床実践につなげること(社会実装)を目指した、「実装科学(implementation science)」という新しい学問に、課題解決の切り札としての期待が高まっています。
このような背景のもと、東邦大学医学部と日本生命保険相互会社が共同研究契約を結び、精神神経医学講座に付設される形で、令和5年4月1日に本学初の社会連携講座である「社会実装精神医学講座(Department of Psychiatry and Implementation Science)」を開設しました。わが国におけるメンタルヘルスの向上と関連するEBIの社会実装を目指して、地域における早期相談・支援サービスの構築やその普及に向けた、研究と地域実践を行って参ります。
精神神経医学講座では令和元年度から令和4年度にわたり、厚生労働科学研究事業として、メンタルヘルス早期相談・支援サービスに関する様々な地域活動や調査研究を行ってきました(MEICIS研究プロジェクト、研究代表者 根本隆洋)。本研究事業においては、足立区(大都市部)、秋田県(地方過疎地)、所沢市(都市近郊)、大田区・京浜地区(多文化・広域生活圏)、そして令和4年に埼玉県川口市から受託した事業を加えた、これら5つのモデル地域を設定し、それぞれの地域特性を考慮したメンタルヘルス早期相談・支援の取り組みを続けてきました。思春期・若年成人期(AYA世代)の若者を対象としたワンストップ相談窓口サービス「SODA」は、多くのメディアにも取り上げられました。
コロナ禍以降、心の健康やその不調に関する問題が顕在化し、特に女性や若年者など弱い立場にある人たちのメンタルヘルスは、社会的に大きな課題となっています。企業においても、職場環境の目まぐるしい変化の中で、早期相談や不調への対応についての関心が高まっていました。私たちが開発してきた早期相談・支援のシステムやサービスの、地域における普及と発展が待ち望まれていたのではないかと思います。こうした中、若年者に向けたメンタルヘルス早期相談・支援の社会実装を目指して、東邦大学と日本生命の共同研究契約、ならびに社会連携講座の設置に至りました。
日本は世界に先んじて「少産多死」の時代を迎えつつあるともいえ、メンタルヘルスに関する地域包括ケアシステムの構築は迅速を要します。しかし、研究成果が実践段階で役立つまでには17年かかり、実際に活用できる知見も14%にとどまるといわれます。こうした課題を乗り越え、地域社会におけるメンタルヘルスの促進と不調時の早期相談・支援を可能にする、システムとサービスの社会実装を目指します。「社会実装精神医学」という新たな学問を打ち立てる気概を持ち、研究のみならず地域における実践を重視し、わが国のメンタルヘルスの向上と、世界全体の目標である「誰一人取り残さない」社会の実現に向けて、全力を尽くして参ります。ご指導とご支援の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。
社会連携講座開設調印式の様子
左から、【日本生命】浜口知実理事 ヘルスケア事業部部長、赤堀直樹取締役 常務執行役員、
【東邦大学】 高松研学長、盛田俊介医学部長、根本隆洋教授